〜2003年05月〜
2003年05月31日
睡眠ヒーリング
今日は、ほとんどの時間を、寝て過ごした。
珍しく誰とも何の約束も入っていなかったので、溜まっている作業と勉強を片付けるぞ!と意気込むのだが、やる気が出ない。ガッツが湧かない。ちょっと何かやると、すぐにグッタリ疲れて眠くなってしまう。
朝起きて洗濯をし、メアドの設定をしただけで、もうグッタリ・・・。何だ?どうしたんだ?せっかくの貴重な時間なのに・・・、でもダメだ、ちょっと寝ようと横になる。
昼頃起きて食事をし、またメアドの設定をして、すぐにグッタリ・・・。あー、もう今日はダメだ。誰に迷惑をかける訳でもないし、とことん寝よう!と決めて、横になる。
うすうす自分で分かっていたが、これは私の現実逃避なのだ。数日前にも書いたけれど、心にモヤモヤがあって、それをどうしてよいのか分からない時に、私は眠りに逃げる。きっと、いつの間にかモヤモヤが、ピークに達してしまったのであろう。
眠っているだけで、心と体を休めるだけでも、とても癒されるのを感じる。
そして、またたくさんの夢を見た。何度も寝たり起きたりをして、夕方頃に見た夢が、印象的だった。
スタジオで、バンドのリハをしている。そのうち私は、幼児に退行していく。メンバーは皆オトナなのに、私だけ幼児で、でも今のようにギターを弾いている。楽器を弾いている時の私は、確かに幼児の心かもしれないなんて思いつつ、それを客観的に見ている夢。
幼児の私は、普段の私なら言えないようなことも、何でも素直に話している。言いたい放題である。それが心地よい。また、周囲にいるオトナの人たちに甘えたりもしている。それも心地よい。
でも最後に、幼児の私は、色んなモノに鍵をかけていく。楽器に鍵をかけ、心を細分化しては鍵をかけ、色んなモノを封印していく。
そこで1度、目が覚めた。幼児の私が心地よかったので、もう1度見たいなと思って、引き続き寝る。
今度は、幼児ではない私が、またスタジオでリハをしている。終わって、家族が「外で待っているから」というので、私は慌てて楽器を片付けるのだが、何だかんだと楽器がたくさんあって、なかなか片付かない。とりあえず剥き出しのまま楽器を運び出して、家族が待っているであろう外に出たけれど、誰もいなくて途方に暮れる夢。
この夢を見て、もう眠れなくなったが、何もする気が起きないので、ゴロゴロしたりウダウダしたりして、1日が終わる。今日は、何にもしなかったなぁ。
だけど、睡眠と夢が、心のモヤモヤをなくしていくヒントを与えてくれた。
私の心がモヤモヤしている要因の1つは、バンドだ。詳細は省くけど、私は未だに、これが自分のバンドだ!と言えるものを作れていない。色々考えて、自分がメンバーとして在籍しているバンドは、すべて脱退することに決めた。当面はゲストプレーヤーとかで演奏してブラブラしながら、何かを見つけていこうと思う。
そして2つめは、男だ。男って書くと、ちょっとストレート過ぎちゃうけど、何て書いていいのか分からないや。でも自分がそういうつもりない人から求められることが続いて、好きな人とは会うことも話すこともままならなくて「何でこうなんだよ〜」って切なくなったり。音楽やってると自分が望むようなパートナーは見つけられないのかなぁと思ったり。
誰かに甘えたり自分のことを無邪気に話したいのに、グッとこらえて、鍵をかけて、閉じ込められた私が夢の中にたくさん出てきて、それと一緒にハラハラと涙が出てくる。
それ以外にも色々あるけれど「私ってこんなに傷ついていたのか!」と気付いた。傷ついていない振りをするのに、慣れちゃっていたようだが、傷ついたままの自分がいた。そう言えば、全然自分を甘やかしていなかったなぁと思って、ちょっと反省する。
また、バンドにしろ、恋愛ごとにしろ、私には一定のパターンがあることに気付いた。きっとそこから「何かを学べ」ということなのだろうが、自分が学びきれていないから、同じパターンを繰り返してしまうのであろう。
「自分を傷つけるような現実を創っちゃってゴメンね」と自分に謝りつつ、ぼちぼち現状打破して、バンドも恋愛もハッピーでいきたいなぁと思った。1日がかりの睡眠ヒーリングでした。
2003年05月30日
夢
昼間、ドーっと眠気とダルサと痛みに襲われて、耐え切れず少し横になる。来たか好転反応!?
セルフヒーリングをして、そのまま少し寝てしまった。
夢を見た。最近よく夢を見る。今まで見たことのない夢を、たくさん見る。そしてそのどれもが、私にとっては現実のように思える。
今日見た夢は、以前一緒にシステム開発の仕事をした中国人のRさんが出てきた。私の家(だけど間取りが今の家じゃない)に、彼女が旦那さんと一緒に遊びに来る。私は、今、寝ている。眠くて眠くて起きられない。Rさんが、心配したり、起こしてくれたりする。起きて、一緒にご飯を食べる。場面が変わって、一緒に開発の仕事をする。大久保を一緒に歩いて、本当はないんだけれど、「こんなところにあったんだ〜」とサーティーワンを見つけて、一緒にアイスを食べる。
私はRさんが大好きで、彼女と一緒にいるのが大好きだった。でも仕事を辞めてから全然会う機会がなくて、この夢を見たのが、とても嬉しかった。
というか、目が覚めた後も、今でも、何か夢っていう感じがしない。目が覚めた時は、それが本当に起こったことだと信じていた。あれ?でもなんか部屋が違うよなぁと考えて、ようやく「あぁ夢だったんだ」って思った。
それから数時間たって、街を歩いて、「アイス食べたいな。そういえば大久保にサーティーワンが出来たんだっけ」って思った。けど、どこに出来たのか思い出せない。しばらく考えて、あぁ、それは夢だったんだっけと気付く。
ただ老化してボケてるだけかもしれないけれど、最近は、こういうことが多い。夢と現実の区別をつけるのに、少し時間がかかってしまう。
夢は私に、何を伝えようとしているのだろうか?今は付き合いがないから、失礼だけどほとんど存在を忘れかけていたRさんが、何故出てきたのだろう?中国に帰っちゃうのかなぁ。電話してみようかな・・・。
2003年05月29日
気がかり
気がかりになっていた人から電話がきた。あぁ良かったとホっとする。
また別の、気がかりになっていた人からメールがきた。こちらは見た瞬間、ヘナヘナと力が抜ける。
何がどうした訳ではないんだけれど、連絡を頂けるだけでも、こんなに違うんだな〜って思った。安心するというか、体から、余分な力が抜けていく。気がかりがあるということは、体や心に・・・、何だろう?緊張かな?私はつっかえ棒みたいのが入ってるように感じるんだけれど、何か余分な力が入ってしまうようだ。
今日はバンドのHPも完成したりして、気がかりが一杯抜けていった。いろいろと安心したから、眠いのかなぁ。
先日、自分の変化予告をしたせいか、好転反応がボチボチ体に現れているようにも感じる。眠いのもそうだけれど、恒例の胃痛&発熱の他に、痒み、湿疹、吹き出物など、肌に出てきているようだ。キレイになっちゃうのかも?なんて、密かに期待したりして。
でもなんか・・・、今日もらった連絡がとっても嬉しくてねぇ。あ、そういえば昨日も「最近、連絡ないけど、どうしてるかな?」って思った人から電話あったんだっけ。こういう事が続くとね、好転反応もそうだけれど、なんかいい方向にむかっている気がする。
自分でも気付かないうちに、いろんな気がかりを持っていたんだなぁと思ったよ。
ん?待てよ?何が気がかりなんだ?そもそも、気がかりって何だ?
気がかりって、不安な感じがする。感覚的なものかもしれないけれど、不安をもとに発生しているような感じがする。
そうか、だいぶ不安はなくなったと思っていたけれど、こんなところに、何気に不安があったのかと、改めて気付いた。もっと不安を感じなくて済むように、もっと自分を信じちゃお〜っと。
2003年05月28日
ノーサンキュー
道を歩いていて、ふと思った。「性転換手術をしようかな」
またアホなこと言ってると思われるかもしれないし、七実さんって・・?って思われるかもしれないけれど、そうじゃなくて、性転換手術というよりも、正確には、性消滅手術かな?自分から肉体的な女というものを無くしてしまいたいと思った。
ちょっとね、今日書くことは、今まであまり触れていなかった部分になるけれど、人として生きる以上、やはり性も避けられないであろうし、わざわざネットで書くことじゃないかもしれないけれど、自分の心がモヤモヤするんで、書いてみようと思う。
自分が望んでいない肉体関係を要求されることが続いて、私は疲れてしまった。「ノーサンキュー!」何度言ったか分からない。
私は、男女の区別なくどちらも友達になれると信じているし、実際に男性の友達も多い。わ〜い!って食べて遊んで呑んで・・・、そこで、残念ながら・・・、体の関係を求められてしまうことがある。どうしたの急に〜?ってビックリする。さっきまで無邪気に「わ〜い!」って遊んでて、急に色っぽいこと求められると、メチャとまどってしまう。
人からどう見られているのかは分からないけれど、遊びで・・・とか、その場限りの・・・とか、とりあえずご挨拶で・・・とか、そういう肉体関係は、私は持てない。マジメなのねぇって言われるけれど、ダメなのだ。自分が愛している愛されていると感じられる人とでないと、全然楽しめないし、気持ち良くもないし、自分を傷つけるだけになってしまう。
なので「ノーサンキュー!」なのだが、そんな私を理解してくれる人とは、その後も友達でいられるし、もしかしたら今後恋愛に発展する事も、あるかもしれない。
「ノーサンキュー!」の後に、好きだ、愛してると言ってくれる人もいる。そして、私が断ってるのに、そんな言葉を言いながらまた求めてくる。そうなると好きも愛してるも、とって付けたような言葉にしか聞こえなくて、はぁぁぁぁと溜息をついてしまう。おいおい、自分の欲求を一方的に押し付けるな。気持ちは、ありがたくもあるけれど「ノーサンキュー!私はそれにお応えできません」を伝えても押し付けられてしまうと、私って「ほな、さいなら」になっちゃうんだよなぁ。こんな形で友達を失うのは、寂しくもあるが、やはりここが男女間の友情の難しさなんだろうか。
すごく複雑な気分になるんだよ・・・。
「ノーサンキュー!」を伝えた後も、欲求を押し続ける人って、私のことが好きなんじゃないんだよ、きっと。いや、好きは好きなのかもしれないけどさ、本当に私を愛してくれる人は、私のことを、とても大切にしてくれるし、今すぐ欲求が叶わなかったとしても、そんな私のことを理解するよう努めてくれる。
私が見受けるに・・・、こんな事を言うのは失礼かもしれないけれど、欲求を押し続ける人の大半が、本当に求めているものは、私じゃない。私じゃなくて、その人の、自分の内から湧き出る愛に飢えている。それを求めているように感じる。
アイラブミーを忘れちゃったのか、自分の内から湧き出る愛を見失って、それを外に求めてしまう人も多いよね・・・。昔は私も、そうだったけどさぁ。
求めても求めても得られないから、得られるまで求めようとする。パートナーがいても満足できずに、更に満足させてくれる相手を求めたりする。けど、いくら外に求めても、一時的に何かは得られても、心の底から満たされることが少ない。そりゃそうだ。探しているものは、自分の内にあるんだから。それが見つけられるまで、心は満たされず、不安や焦燥感に付きまとわれたりするんだよね。
プライベートタイムではスイッチが切れないものか?とも思うのだが、人の心が、魂が、自分が愛であることを見失って(?)声にならない叫びをあげて苦しんでいるのが、見えてしまう時がある。それが見えた時に、とても堪らない気持ちになる。心の底から抱きしめてあげたくなる。大丈夫だよ、あなたは愛に満ち溢れた存在だよ、どうかそれを感じて、思い出して。心をすっぽりと抱きしめて、ただただ愛を感じて欲しくなる。
そうやって、心の底から抱きしめてあげたくなるのだ。
なんてこういうのは私の勝手な想像かもしれないけど、心を抱きしめてあげたい、それで内なる愛を思い出してもらえるのなら、体もギュっと抱きしめてあげたい、ヒーラーとしての私(?)はそう思う。
けれど女としての私は、自分が愛している愛されていると感じられる人でないと、心も体もスッポリと抱きしめてあげることができない。
また全然そういうのじゃなくてもね、見えちゃったりして、あーこの人こうなんだー、抱きしめてあげたいな〜って思っても、それは私の一方的な気持ちだから、何も言えずにいる時もある。
抱きしめてあげたいのに、抱きしめてあげられない。自分の中に2つの気持ちがあるから、ウ〜ムと悩む。
肉体関係を求められると、まずその前にヒーリング受けてくれないかな?とも思ったりして。ヒーリング受けて愛を感じてもらえたら、私に肉体関係を求める気持ちも、少しは失せると思うのだが・・・。そんな風にも思う。
そんなこんなで、「ノーサンキュー!」を言った後は、いつも複雑な気分になる。
そして、最後に、女性としての寂しさが私に残る。
貞操を守るのに(?)疲れたりして、「体が女だから求められるんだよな。無ければ、求められないよな」と、単細胞な私は、性消滅手術があればいいのになぁって思ってしまったのでした。ま、これは私の逃げだけどさ。やっぱり性は苦手だ〜。
2003年05月27日
久々にフルセッション
今日こそは!と思い、時間を作ってアイラブミータイムを満喫する。
先週忙しかったのもあるけれど、週の半分以上は誰かが泊まりにきていたので、1人でいられる時間がほとんどなくて、お風呂に入れなかったし(涙)セルフヒーリングも出来なかったんだよね。
1人でいられないことが、こんなに自分のバランスを崩すとは思わなかった。アイラブミーを思ったように満喫出来ないと、カリカリしちゃって、アイラブユーも出来にくくなっちゃうんだなぁ。1人になれるスペースを作れるまでは、家に人を泊めるのは極力避けようと思った。
今日は1日中、ずっと家にいて、完全1人だった!嬉しい〜。私には、ヒッキーデーも必要なようだ。これでロールプレイングとかシミュレーションゲームにハマれれば、サイコーなんだけどな♪
夜、ひっさびさ〜にお風呂にノンビリ使って、レイキ瞑想しつつ美容ヒーリングする。疲れているであろう体を、撫で撫でしてあげる。それだけでも緊張が抜けて、スっとする。
食事して、その後少し仕事しようかな?と思ったけど、眠くなったので、セルフヒーリングして寝る事にする。
手が熱い。どこに当てても、手が熱い。セルフしていて、こういうのは初めてかもしれない。
身体背面途中で、睡眠に落ちる。夢を見る。先週は、変った夢をたくさん見た。自分が変化していると感じる時は、夢が何かをしてくれているように思う。
朝方、目が覚めたので、セルフの続きをする。引き続き、手が熱い。
腰に手を当てていると、お腹からスーっと何かが出ていって、お腹が軽くなる。要らんもん溜め込んでたのかな。でも腰に手を当てているのに、何故お腹が?なんだけど、意味があっての12ポジションなんだろうね。セルフの途中で寝てしまったりして、背面はついつい疎かになりがちだけど、背面に手を当てることも、大切にしてあげようっと。
ところで・・・
セルフヒーリングの途中で、手を当てたまま寝てしまった時に「その寝ている間もレイキは流れているのだろうか?」これは、私の素朴な疑問なのだ。
手を当てている限りは流れているのだろうか?それとも、意識がレイキを流すことから睡眠にチェンジするから、流れは終了するのだろうか?何せ寝てしまっているので、流れているのかどうか分からない。
寝ている間も流れているのなら、ラッキーなんだけれどなぁ。レイキ測定器みたいのがあったら実験できるのにね。
2003年05月26日
物が壊れる
一昨日は、履いていた靴が、真っ二つに折れた。
昨日は、コップが割れた。
なんか不吉な予感・・・?
な〜んてのは私には感じられないんだけれど、物が立て続けに壊れる時は、自分が変化している時が多い。自分の変化と共に、物も変化するようだ。壊れちゃうのは悲しいけれど、形あるものいつかなくなるわけだから、それを受けとめていこうかな。
今週は、怒涛の1週間だった。立ち止まる時間がないというか、プライベートタイムがないというか、いろんな人や事が入れ替わり立ち代わりやってきて、いろんな事を頼まれて、1つ1つにゆっくりと落ち着いて対応したいのに、目まぐるしく周囲が動き、時が過ぎ、時間なーい!ヒ〜!!って感じ。
応えたい気持ちはあるのに、時間が足りない。私の時間配分や調整が下手なだけかもしれないけれど、「頼むから私に時間をくれ〜!!頼むから私に何も頼まないでくれ〜!!頼むから作業に集中させてくれ〜!!」と叫びたい気持ちだった。作業をする時間が思うように取れず、気持ちだけが空回りして、カリカリする。
私は何にしても作業や飲み込みに時間がかかる方なので、ゆっくりと落ち着いて、仕事にしろ遊びにしろ、それだけに集中したいタイプだ。あれもこれもと、掛け持ちでやれるような器用なタイプではないので、何か1つのことに集中している時は、他のことを一切ストップさせてしまうことが多い。
そして、集中していることを邪魔されると、めちゃめちゃムッとする。この辺はまるで子供のまんまだ。
何だかんだ言いながらも、普段はそういう自分のペースを守りながら、やり繰りしているんだけれど、今週はペースを崩しっぱなし・・・。時間が足りない時に、さらに時間を作るとしたら、削れるのは他人と共有していない、自分だけの時間だ。
自分の時間といっても、睡眠、食事、お風呂、セルフヒーリング位しか思いつかない。削れるだけ、削ってみる。お風呂はシャワーだけにしたけど、シャワーじゃ厄除けにならないんだよなぁ・・・。セルフヒーリングは今週1度もやっていない。食事は5分で済ませてる。睡眠は、セルフをやっていないせいか逆に増えてしまった。バタンキューで倒れてしまう。
あかん、こんなの、全然アイラブミーじゃない。こんな自分を痛めつける生活は、もう続けられない。バンドにしろ仕事にしろ、自分がやりたい事の量をもっと絞り込んでいかないと、質が落ちるだけだと感じつつ、時が流れていく。
一昨日、ライブだったので、久し振りにゆっくりと鏡で自分を見た。「なんだコレはー!」白髪だらけの私がいる。いや、そんなスゴクはないけどさ、たった1週間で、こんな老け込んじゃったの〜?って驚いた。
このまま白髪なな婆になるのも面白いかもしれないけれど、うーん、あたしゃ、ギブアップ!自分のペースを崩すことがないように、時間に追われてカリカリする事のないように、自分がやる事や引き受ける事を、絞り込んでいこうと思った。
2003年05月24日
ライブ前
今日はライブだった。レイキ講習やヒーリングは、お休みさせて頂きまして、ありがとうです。
本番前に、こっそりと、ロザリー(相方)と私をレイキシャワーで包んでみた。「ベストを尽くして、いい演奏ができますように。修復不可能なミスがありませんように」
そのお陰か、ロザリーと一緒にこうしたスタイルでライブをやるのは初めてだったけれど、不思議と息もピッタリ合って、初演とは思えない(?)演奏ができた。
ミスはあったけれどね(笑)でも「あ〜ん、どうしよう〜」っていうのはなく、ミスに合わせてしまう余裕もあったりして、私は練習不足で体に落とし込めていないのが心配でもあったんだけれど、何故か、とても落ち着いてリラックスして演奏できた。
お客さんの感想も「2人の息が合っている!」と言うのが多かった。デジカメで撮影してもらった写真を見せてもらったけれど、「ほんとだ、何か昔から一緒に演奏しているみたい」な雰囲気だった。
ま、昔、一緒に演奏していた訳だから、息が合わないほうがオカシイのかもしれない。けれど当時と比べると、お互いに演奏している楽器も違うし、立場も違うし、10年振りだし、リハでの私の演奏のヒドさも考えると、やっぱりビックリかな。
レイキは、使いまくった方がお得だなって、改めて思った。
2003年05月22日
1年目
今日は、私がファースト・ディグリーを受講してから1年目。
レイキを通じて、気付いたことや感じたこと、経験したことを、なるべく残せるようにと思って日記をつけてきたけれど、書きこぼしたことや、言葉で表現できなかったことも多々ある。ここに書き残している以上に、レイキの恩恵は素晴らしいのだけれど、自分の文書表現能力が乏しいのが悔やまれるなぁ。
私がレイキを受講したきっかけは「レイキって効果すごそうだし、何だか良く分からないけど、自分で出来るようになったら面白そう」ただ、これだけだ。レイキを使って何をしたいとか、そういう欲求はなかった。
まさか自分が、ヒーリングをしたり、レイキ講習をする人になるなんて・・・、思ってもみなかった。ただ自然の流れに乗っていたら、現在のスタイルになってしまったという感じなので、いつまでこのスタイルを続けるかは分からないけれど、今後もレイキと深く関わって生きていきたいと思う。
この1年間で、セルフヒーリングを重ねることで、治ってしまった病気や症状がある。喘息、アレルギー(体中かゆくなる)、アレルギー性鼻炎、花粉症、冷え性。ヒーリングの際に、治そうとか、良くなろう!とか、自分で意識していなかったものが多い。喘息は意識集中してヒーリングしたけれど、それ以外のは、そういう症状があるのが当たり前というか、長年連れ添ってきた症状なので、治そうとも思っていなかった。だけど、気付いたら「あれ?そういえば症状が出ていないな。これって、ひょっとして、治っちゃってるってこと??」っていう感じだった。
逆に自分が意識している症状(?)に対しては、未だに改善トライ中である。顔のニキビやニキビ痕、嗅覚を取り戻すこと、余分な脂肪を落とすこと、両足むこうずねの皮膚が腐っていく病気(正確な病名が分からない)。美容に関するものが殆どだけど、良くも悪くもなっていないとうか、現状維持って感じかな。これらが良くなる!って、心の底から信じきれていないというか、「良くなったら嬉しいけれど、今のままでもいいや」と思っているから、それが反映されているのだろうか?本腰いれて、マジメに改善トライしてみようかしら。
肉体的には、その他にもね、毎日元気!病に倒れる事は以前と比べると大分少なくなって、健康が促進されているように感じる。ミュージシャンは体が資本だし、やっぱり人間、健康第一!
精神的には、非常に逞しくなったように思う。なーんて、まだまだ未熟者だけれども、何があっても振り回されることなく、心が安定してくれているので助かってる。
1年前と比べると、大きく変化している自分がいるよ。1年前は、日記(サイトにあります・七実の日記)なんて、サボリっぱなしだったもん(笑)
レイキを通じて、多くの方が私と出会って下さり、そして色々と勉強させて頂けることに感謝しております。
明日からは、レイキ日記−2年目に突入いたします。今後も私なりの気付きやビックリを書き残していきますので、これからもご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。
2003年05月16日
七実パイプ
ヒーリングやレイキ講習を受けられる方から、よく「七実さんの愛がタップリのヒーリング(またはアチューンメント)を受けられるのが楽しみです」と言われる。ありがとうです。
ヒーリングやアチューンメントでは、私に何か特別な力があるのではなくて、ただただ、宇宙からの愛を流すパイプ役をさせて頂いているに過ぎない。私というパイプを経由して、ご依頼者にレイキが流れていくだけなのだ。
そのパイプ自体が汚れていたりしたら、やっぱりレイキも流れにくいよなぁと思うので、私はここで書いているように、マメに自分のお掃除をするよう心がけている。愛が流れやすいように、通り道をキレイにして、道も広くして・・・、みたいな感じなのだ。
書いているうちに『銀河鉄道999』を思い出した。アレって、鉄郎が自分の望み(機械の体になる)を叶える為に、宇宙を旅して、最終的にはネジ(機械の体)になっちゃうんだよね・・・。あれ?ならないんだっけか?忘れちゃった。
自分がネジになることが分かる前の、鉄郎の気付きが、私は好きだ。引用にてご紹介!
「限りある命だから、人は一生という時間の中で精一杯頑張る。短い時間の中で何かをやり遂げようとする。だから、お互い思いやりや優しさが生まれるんだって。お父さんやお母さんの血が僕の体には流れている。僕の血だって、僕の未来の子どもに受け継がれて、そのまた子どもへとずっと続いていく。それも永遠の命だってね」
いいこと言うなぁ。
ヒーリングと音楽は、とても似ている気がする。作曲をする時や、楽器をどうやって弾こうか思案する時など、インスピレーションやアイデアで何かをする時は、自分で考えてというよりも、宇宙から何かを受け取っているのであろう。
それをちゃんと演奏できるように楽器を練習したりするのは、自分のエゴの部分だろうけれど、やっぱりせっかく貰った愛は、きちんと形にして表現して伝えていきたいので、練習するのは大好きだ。そして、人前で演奏している時は、エゴがないというか、ただただパイプな感じがする。ライブ中の私は、ハッキリ言って、何も考えていない。何も考えていないのに、どうして演奏ができるのか?皆に笑ってもらえるトークが出来るのか?自分でも不思議だ。
鉄郎がネジなら、私はパイプだ。そして私は、自分がパイプでいられることを、とても嬉しく思う。愛の通り道でいる時が、いちばん自分らしい瞬間だ。
これからも、宇宙からのラブメッセンジャーとして(?)、キレイなパイプでいられるように精進します。七実パイプ、ぜひぜひご利用下さいませ。
2003年05月15日
どうやって愛すればいいのか分からない
親友のカメラマンに電話をかけた。
なんとなく話の流れで、彼女は「友達がね、軽い鬱病になっちゃって。それで、どうしたら治るんだろう?どうしたらこの苦しみから抜け出せるんだろう?って考えて、自分なりに色々模索して、『自分を愛すること』だって辿り着いたんだけれど、でも『どうやって自分を愛したらいいのか分からない』って言っていた」なんて話してくれた。
確かにそうかもしれないなって思った。自分を愛するって、言うのは簡単だけれど、対象が自分なだけに、何をどうしたら「愛せるのか?」分かりにくい。
・私の自分の愛し方。
好きなことを時間や周囲の目などを気にせず思いっきりやる。嫌なこと不愉快になることはしない。
これがベースなんだけれど、私はやりたいことが一杯!の人なので、ついつい自分を酷使させてしまう。
普段は自分にムチを打って、自分から愛されていると感じる時間を後回しにしてしまうことが多いので、ゆっくりと過ごす時間を・・・、お風呂につかったり、好きな音楽を聴いたり、お化粧したり、マニキュアしたり、食事をしたりだけど、自分を大切にしたり、自分が気持ちいいと感じる時間を、自分がどう感じるか?に意識を向けながら、とるように心がけている。
基本的には、自分が心地よいと感じる状況を、積極的にセッティングしているだけなのかな。自分が行うこと、自分がいる場所、自分が付き合う人・・・、他人はどう思うか分からないけれど、私には、今の自分にまつわる全てが心地よい。けど、もっと心地よくなれそうなので、何の疑いもなく、そちらに向かって歩いている。
・私の自分の愛し方。
一番簡単なのは、鏡に映った自分に向かってアファメーション!「私は自分を愛しています。そして私は、自分から愛されています」を唱える事だ。何の根拠もなくていい。毎日繰り返し唱えていれば、答えは後からついてくる。
欲張りな私は、さらに続けて「私は全ての存在を愛しています。そして私は、全ての存在から愛されています」を唱える。
「私は全ての存在から愛されています」なんてパワフルなんでしょう!体に愛が走り抜ける。
愛することが分からない時は、愛されているのを感じるといい。
誰かから・・・、太陽や草木や宇宙でもいいから、誰かから・・・、自分が常に愛されている事を思い出して欲しい。「私って愛されているんだ」と感じられると、心が愛に満ち溢れ、愛することは簡単になる。
そう、愛されていないという不安があると、人って現金なもので、愛せなくなるよね。愛されていないと感じると、愛が涸渇する。
だから、自分から愛されていると感じることを、私はたくさんする。「私って自分から愛されているんだなー」って感じれば感じるほど、自分の内から愛が湧き、愛するのは簡単だ。
この話を書いていて、私がまだ愛のトラベラー(愛を外に求めていた)だった時に付き合っていた人のことを思い出した。
私は、その人によく、「あなたから愛されている気がしない・・・」こんな事を言っていた。そして、それが原因で別れることになった。
一緒にいても、心が満たされる事がなかった。愛されているという実感がなかった。傷つけあうことが多かった。私は、愛が足りないその人のせいだ!って思っていたけれど、今から振り返ってみれば、単純に私が、アイラブミーを知らなかっただけだ。
「あなたから愛されている気がしない・・・」
私のこのコメントに対し、彼はいつも、こう答えた。
「人から愛されたことがないから、どうやって愛すればいいのか分からない」
彼が3歳の時に、彼の母親は、自分の目の前で、踏み切りから線路に入り、電車に轢かれて亡くなったそうだ。その後、親戚をたらい回しにされ、そこで数々の虐待を受けて育ったと聞いた。「子供にとって一番大切な母親からの愛を知らないから、愛されるということを知らないから、愛することが分からない」と、彼は苦しそうだった。
当時の私は、自分が愛されたい!で手一杯だったから、この人と付き合っていたら、私は一生愛されることがないのだろうと思って、別れることになった。
今から思えばだけど・・・、私の度量が足りなくて、さらに傷つけちゃってゴメンなさい、だ。私が、愛してあげられれば良かったけれど・・・、それはそれで上手くいっているというか、お互いにアイラブミーに気付くきっかけとしての、出会いと別れだったのかなぁ、なんて解釈している。
余談だけれど、私の父の生い立ちが、この彼の境遇に似ている。私との愛における関係も、似ているような気がする。何かに気付く為に、似たような人を引きつけるのだろうか。この彼も、父も、アイラブミーの素晴らしさに気付けているといいな。
草むらに寝転んで、太陽の光を浴びて「あぁ、私は自然から、こんなにも愛されているんだなぁ」と感じるのが大好きだ。今度、お天気のいい日に公園にでも行って、自分からも自然からも、愛されてこようかな。
そんな時間を過ごすとね、自分の内から愛が湧き、全てを愛せるようになる。全ては自分から・・・、だから、アイラブミー!










